騒がしい文化祭は終わりに向かっている。何ヶ月も前からの準備はめんどくて、終わることばかり考えていたはずなのに、気が付けば終わるのが惜しいなどと思っている自分がいる。とんだ心境の変化だ。でもこの変化の原因を探ると、少し幸福な気持ちになる。

原因の中に間違いなくがいるから。


文化祭二日目


黒曜中学の文化祭は三日間に分かれている。一日目はクラス単位の発表、二日目は部活単位の発表。三日目は片付けだ。四日目には教室の隅に文化祭の影を残したまま通常授業に戻る。

開け放した昇降口からびゅうと冬めいた風が舞い込んで、髪が後ろから前にさらわれる。隣りを歩いていたが小さく声を上げて今日は寒いねと続けた。白い頬が赤く染まっていて、来るだろう冬を連想する。

「午前は校門前の案内なの。」
「・・・そう。」
「だけど午後は空くから、一緒に回ろう?」
「・・・分かった。」

言うとは嬉しそうに笑って、お仕事頑張ってくる!と生徒会室に向かった。俺は軽く手を上げてそれに答えた後、教室へ歩き出す。今日は図書館も空いていないし、屋上は風が冷たいだろう。やることがあまり思いつかない。

渡り廊下を過ぎて階段を上る。二段飛ばしで階段を駆け降りてきた女子が擦れ違いざま、あっと声を上げた。視線だけを声の方に向けると声をかけられる。

「・・・五十嵐さん。」
「や!はもう仕事に行ったの?」

五十嵐さんはの小学校の頃からの友人らしい。天真爛漫で裏表が無くサバサバしている、と言うのが俺の印象だ。

「ふーん。生徒会はHR前からタイヘンだあ・・・。」
「・・・。」
「あ、柿本暇ある?」
「・・・HRに出た後なら。」
「じゃあさ、これ持ってってよ、に。」

彼女はスカートのポケットを何やら探ると、ぺっと何かを投げてよこす。そう遠く離れて喋っていたわけでもないのに、投げられた物体は俺から反れて違う方に飛んでいきそうになった。コントロールが下手すぎる。慌てて手を伸ばしてキャッチすると、それはカイロだった。

「今日寒いから、持ってってあげて。」
「・・・俺が?」
「私、陸上部の準備行かなきゃなんだな。」

陸上部だったのか。確かに運動部に入っていそうなイメージではある。そう思っていると柿本にもあげよう、とさらにカイロを投げられた。今度は真正面、顔面向かって飛んできたそれをキャッチする。

「どーせのトコ行くんでしょ。外は寒いよ。」

嫌味なのか心配しているのか、よく分からない。反応に困っていると、お昼は陸上部のオムライス、食べに来なよ!と言い残して階段を走り去っていった。に比べて、五十嵐さんはちょっと捻くれてると思う。が素直すぎるだけかもしれないけれど。カイロをポケットに押し込んで階段を上る。 また風が強く吹いて、階段の埃を舞わせた。窓から入った光の中で白く揺れる。


***


今日は酷く寒い。一足先に冬が来てしまったようだ。震える手でカーディガンのボタンを留めながら思う。明日は冷えるそうなので、あまり人が来ないかもしれないですね、と副会長が言っていたのを思い出す。この寒さで人が来ないのは勿体無い。五十嵐が毎日遅くまでミーティングをしていたことを思った。

「・・・。」
「あれ、千種。どうしたの?」

抱えていた文化祭のプログラムを折りたたみ椅子に置いて立ち上がると、千種はおもむろに手を差し出してきた。手には缶のココアが握られている。お礼を言って受け取ると、じんわりと缶から温かさが広がってきた。

「あったかい。」
「・・・五十嵐さんが、は寒いだろうって言ってたから。」
「五十嵐が?」
「・・・こっちは、五十嵐さんから。」

ポケットから千種はカイロを取り出して私の手に乗せた。独特の手触りに微かなぬくもり。よく見ると隅にの!と五十嵐の書き殴りの文字がある。横から千種が五十嵐さんって優しいんだね、変わってるけど、と言った。

「ねえ、千種。」
「・・・なに?」
「お昼ご飯なんだけど、」

「・・・五十嵐さんのトコ、行こうか。」

以心伝心、した。
思わず笑うと千種が何で笑うの、と怒ったように突き放すように言いながら、困ったように微笑んでいた。


*2008.1.29.

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