「あー・・・・・・めんどくさいっ!」
「言わない言わない、誰だってめんどくさいの。」
「そうだけど、絶対柿本も言ってるよ。」

『あ、言ってる、絶対。』なんて思ったことは口に出さないで、教室内の装飾をぼんやりしながら外していく。隣で五十嵐も同じことをする。ひとつ、ひとつ、ひとつ。外してはゴミ袋に入れていく。終わったんだ、文化祭。


***


「・・・・めんどい。」

そう言っても手を動かさない限り仕事は減らないわけで。でも何かこぼしてないとホント嫌になる。それでやっと思うんだ、文化祭が終わったって。人間ってめんどいシステムで作られてる。

「あ、柿本、それ終わったらもう全部終了ね。教室戻ってさっさとHRして、さっさと帰るぜー。」

この学校では、片付けが終わったクラスから帰れることになっている。だいたい演劇をやってるクラスが毎年一番片付けが早いらしい。確かに、まだ午前だけどもうこの看板をバラせば終わりだ。今日はと一緒に帰る約束をしてるけど、向こうは生徒会のほうもあるし、終わる時間はだいぶズレるかもしれない。

待ってよう、図書館で。今日は天気がいいから、テラスに出たら気持ちいいはずだ。


文化祭片付け


「・・・五十嵐、」
「なにー?」
「いろいろありがとね。」
「・・・・・・なにどしたのいきなりキモッ!頭打った?」
「人が感謝してるのにそのリアクションってどうよ?」

せっかくの感謝の言葉も傍から聞いた風には一蹴されちゃったけど、分かってる、五十嵐はちゃんと分かってるって。具体的に何がありがたかったか、とか、そんなのいちいち言ってたらキリがないし、第一そんなの最後まで五十嵐は聞いてくれないから、これでいい。ありがたかったの。

「昨日言いそびれちゃったから、言ってみただけ。」
「別に柿本のためじゃないからね。あんたのためよ。」
「うん、だから、ありがとねって。」
「今度カイロ返せよー。」
「りょーかい。」

五十嵐の方を向いたら五十嵐もこっちを向いてて、二人で顔を見合せて笑った。そうこうしてたら、廊下側の窓から顔を覗かせた隣クラスの生徒会役員さんが、『さん、そろそろこっちもやるから来てくれない?』と言った。五十嵐にごめんと伝えて駆け出したら、 後から『ゴクローさん、気にすんな〜。』と聞こえた。


***


片付けもHRも終わって、まだ誰もいなくてしんとしている図書館に入る。書士のおばさんから見えないところに座って、携帯を取り出してにメールを送った。それから、読みかけだった本を探し出して、テラスのいつもの場所に移る。遠くから、まだ楽しそうに名残惜しそうに、 片付けをしているっぽいガチャガチャした声が聞こえてくる。もしかしたらの声も混じっていたかもしれないけど、手元にある本の続きが気になっていたことを思い出して、それに集中することにした。


***


生徒会のほうの片付けや資料の整理を夢中でしてたら、最後のプリントをファイルにとじ終わった時にはもう、陽が結構傾いていた。心なしか学校の中も静かになっている。『お疲れさまー。』と言って、ひとり、またひとり、役員も帰っていく。しまった、千種、どうしてるだろう。 千種のクラスは演劇だったから、きっと片付けも早かったはず。手荷物をいそいでまとめて、先生に背中で挨拶して(ごめん先生、今度ちゃんとするから、ね)、生徒会室を出た瞬間に携帯を開けた。

受信メール、一通、柿本千種。


***


「・・・いつからいたの。」

気づけば周りは夕暮れもいいとこで、記憶が途切れたあたりから本のページが一つも進んでなくて、眠ってたんだなと思った。見ればが向かいに座ってて、彼女は一心にどこかを見ていた。ボーっとしているようにも見えた。

「え、あ、起きた?」
「うん。メール、見たんだ。」
「ごめんね、待たせちゃって。先に帰っててよかったのに。」
「いい、これ、読みたかったから。」

本当のことを言えば、続きが気になってた事も忘れてたぐらいの本だから、大したもんじゃない。それに寝てたし。でも、は俺の返事ににっこり笑って、『帰ろうか。』と言った。やっと帰ろうと思った。

「今日ね、五十嵐にありがとうって言ったの。ちゃんと千種の分も言っといたから。」

満足げに、は言った。満足げに笑って、足取りも軽くて、俺の右手をつかんだ左手を、楽しげに振って。その左手の力がいつもよりも強いのは、気のせいじゃない。

「あーあ、明日からまた授業だねー・・・。」

左手に力を込めて、一心に、ボーっと前を見ながら、ため息をつくように細く吐かれた声に、俺は何も言えなかった。笑っていたのは、今度は声色だけだった。

やっと終わった文化祭、終わってしまった文化祭。彼女にとって、とても大きい何かだったんだろう。ぽっかり穴があいたようなを見て、俺もどこかぽっかりあいたような感覚がした。別にそれを埋めようとは思わないけど、それにもうすぐテストが始まるとか、来年も楽しみだとか、そんな言葉を野暮だとは思うから。 その全部の代わりに、誰も見てないすきに、右手にぐっと力を入れて、引き寄せたをそっと抱きしめてみた。そうしたかった。

「・・・・どーしたの?」
「・・・別に、どうも。」
「そっか。」
「うん。」

が、深く息を吐いて、吸った。それを吐き出しながら、いつもみたいに笑った。その瞬間、スカートのポケットに忍ばせた彼女の携帯が音を立てて。

ー!明日の数学、なんか宿題出てたっけ!?河原ちょっと宿題忘れただけですぐ怒るからホント嫌!』

「・・・五十嵐だ。」
「みたいだね。」

二人でちょっとだけ声を出して笑った。西の空が、明日も晴れるよと言っていた。


*2008.7.20.

おわり