『ごめん、明日昼からクラスの出し物があった。』

そんなメールが来たのは、昨日の夜のことだった。『そうなんだ・・・朝は?』と訊いてみたら、『準備がある。ごめん。』と返ってきた。ちょっと、ていうかかなり残念だったけど、クラスの出し物となっては仕方がない。次の日、一緒に回れる時間、あればいいんだけど。

「え、ちょっとあんたなんで一人なの!?」

せっかくだから朝はクラスの方の手伝いをしようと思って教室に行ったら、私の顔を見るなり五十嵐が叫んだ。私だって好きで一人になったんじゃないさと心の中で毒づきながら、経緯を彼女に話す。そしたら、『あーもーほんと柿本憎いわ彼女のためなんだからクラスなんか放っておけばいいのに! かわいそうな! 仕方ないから朝はここでガシガシ働いてもらうわよこの彼氏持ち!!』なんて、慰めてるんだかひがんでるんだか分からないセリフを吐きながら、五十嵐は私の肩をバシバシ叩いた。

スタンプラリーがカップル向けなんだから、私たちの教室にやってくる人も必然的にカップルが多くなるわけで。青春真っ只中な初々しい二人もいれば、酸いも甘いも噛み分けてるような落ち着いたカップルもいたし、中には子供連れの夫婦もいた。ホントなら今頃私も・・・なんて考えだしたらキリがなくて、 私にできることといえば、なかなか針が進まない時計を恨めしげに見つめるだけだった。


文化祭一日目


やっと昼になり、クラスのみんなとお弁当を食べて、私は体育館へ向かった。朝、生徒会室で千種のクラスの出し物を確認したら、なんと演劇だったのだ。驚いてキャスティングを見てみても、役者欄に千種の名前はなくて。裏方かなぁ・・・なんて考えながら歩いていたら、 着いたころには開演ギリギリの時間で、少し焦った。

体育館後方の入り口から入ると、すぐそこに見慣れた猫背があった。客席のうしろの台の上で、千種がスポットライトの調整をしている。

「千種のクラス、演劇だったんだね。」

そう声をかけると、少し驚いた顔で千種がこっちを向いて、『・・・来てたんだ。』と言った。

「うん、せっかくだから千種がいるときにと思って。」
「そう・・・・・・ここにいていいから。」
「いいの?邪魔じゃない?」
「ひとりで来たんでしょ。」
「そうだけど・・・。」
「じゃあ、なおさら。」

そう言って、彼はステージに視線を戻した。心配してくれてるのか何なのかは知らないけど、その言葉が嬉して思わず微笑んでしまう。良かった、開演時間になってライトが消えて、にやけた顔が千種に見えなくて。




「きゃー!たすけてジョニー!」
「今行くぞキャサリン!」

どこぞの昔話やおとぎ話が入り混じったアクション系のストーリーに合わせて、場面が色鮮やかにライトアップされる。なかなか面白いけど、見入ってしまえなかった。隣で難なく大きい機械を動かしている千種の影が、なんとなく格好良くて。ぼーっと千種の方を見ていたら、急に千種が言った。

「・・・、ちょっとこっち来て。」
「え?」
「いいから。」

ステージではお姫様らしき女の子(あれは楓ちゃんだな)と王子様らしき男の子(こっちは中山君かな)がクライマックスのラブシーンに突入しようとしているのが、声で分かった。言われた通り、立ち上がって千種の方に少し寄りながら、最後ぐらいはちゃんと見ようかなと思ってステージへ顔を向けた。

「なあに?」

そう尋ねても、千種は何も言わなかった。どうしたんだろ聞こえなかったかな?って思ったけど、クライマックスが気になったから何も言わないでおいた。だって中山君は楓ちゃんのことが好きって風の噂で聞いたことがあったから、ね。見逃す手はないよ。そう一人で納得してたら、やっぱりついにベタなキスシーンがやってきた。 (中山君チャーンス!)

でも、肝心の瞬間は拝めなかった。丁度そのタイミングでステージが見えなくなって、くちびるに何かが当たって、男子たちのうおぉぉぉ中山ぁぁぁ!っていう煩い雄叫びが聞こえて、またステージが見えた頃には楓ちゃんと中山君が二人で赤くなっていた。良かった、ここがスポットライトの裏で、 みんながステージの方を向いてて、会場が暗くて。たぶん今、私も赤くなってる。

「ち、くさ・・・?」
「・・・他の奴のキスシーンなんか、見なくていい。」

かわいいピンクのフィルターでライトの色を染めたまま、機械から手を離した千種が、そう言った。何も言えない私に向かって、とても満足そうに。


***


「・・・朝、は何してたの。」

そろそろ日も落ちそうな帰り道、千種が言った。繋いだ千種の手は、相変わらず今日も冷たい。

「朝はクラスの手伝いしてたよ。」
「そう。」
「うん。カップルが多くてさ、困っちゃった。」
「・・・・・・・・ごめん。」

謝られて、ハッと気づく。そんなつもりで言ったんじゃないのに。千種が歩くのをやめて、私も止まった。

「ごめん違うの千種、そういうつもりじゃなくて・・・」
「うん、分かってる。でも、ごめん。」
「・・・いいよ、お昼は千種と一緒にいれたし。」
「五十嵐さんにも、悪いことした。」
「大丈夫、気にしない!それよりさ!」

千種の手を少し引っ張ると、千種はこっちを向いてくれた。申し訳なさそうな眼差しで、私の言葉の続きを待っている。ちょっと切ない。やだな、気にしてないから、そんな目しないでほしいな。

「明日は、一緒に回れる?」

千種は少し考えて、首を縦に振った。

「やったぁ!じゃあ、私仕事あるけど早く終わらせるから、待っててね終わったらメールするから!」
「・・・分かった、待ってる。」
「ふふふ、ありがと!」

良かった、一緒に回れそう。そう思うと嬉しくって、不覚にもにやけてしまった。そしたら千種も少し笑って、握る手が少し強くなった。あったかかった。


*2007.12.11.

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