灰色の建物がそびえたつうるさいこの通りを歩いているのはやむをえず、欲しい本を探しにいくためだ。
いきつけの近所の書店ではみつからなくて、
少し街に出た大きな本屋さんなら見つかるかもしれないと期待を込めながら。
街といってもほんとうに、
そんなに遠いところじゃなくて、電車一本でたどり着くようなところなのだけれど。
それにしてもうるさい。スクランブル交差点は人でごった返していて、
遠くから複数の(複数の!)最近流行のジャパニーズ・ポップやトランス、
その他ごちゃごちゃ、人の話し声、車のクラクション、エトセトラエトセトラ、がきこえてくる。
なんてBGMだ。軽く嫌になって空を仰いだけど何も変わらなかった。そのかわり、
「あ、」
と間抜けな声が滑った。
かきもとくん。同じクラスのかきもとちくさくん。まちがいない。
折れそうなほっそい体を猫背にして、ふらふらと歩いていた。交差点をわたっていく。みえなくなる。
そのときわたしは、一瞬だけ躊躇したのだけれど、信号が赤に変わるまえに、彼を追いかけて走り出した。
ストーカーのような自分に軽く自己嫌悪しながら、ゆっくりと彼のあとをついていった。
かきもとくんが背が高くて助かった。見失わずにあるいてゆける。わたしたちの距離間約2メートル。
グレイのランドスケープに彼の背中だけ鮮やかで、歩きながら(まさか本当に、)目を眇めてしまった。
どこにいくのかな。かきもとくんの行きそうなところ?頭の中で連想ゲームを繰り広げながら、
それでも彼の背中はしっかりと見据えて、2メートルを正確に保ちながら、
彼が立ち止まったのでわたしも歩みをとめて見上げるとそこは、
まさか。
わたしの目的地の書店だった。
びっくりしてしばらく中にも入らずにぼうっとしていると、
こっちを見られているような気がして視線をゆっくりと上に移すと、
2メートル先に、眉間にしわを寄せたかきもとくんがいた。
ばっちりと目が合ってでも目をそらせなくて、耳障りな喧騒が一気に遠のいて、
彼の低い声が私の鼓膜を静かにゆらした。
「さん、」
書店の入り口まで数歩を数える、彼まであと何歩?
ゆっくりと前に歩みを進めると、もう一度彼が声をあげた。
「ついてきてたでしょ」
気付いてたよ、といって表情を変えずにこっちを見た。
ばれてた。どうしようどうしよう、今更私も本屋に行きたかっただなんて、
偶然だよね、とか、そんなわざとらしい台詞を吐いたって無駄だ。
「ついてきてたよ、かきもとくんに会いたくってついてきた」
そういったら彼が一瞬、眼鏡越しに濁った瞳を大きく揺らして、
それからすこし、力を抜いて、ふっと笑った。
彼がくるりと背を向けて中に入っていって、
それでも私が外でぼうっとしていたら、彼がふりむいてこう言ったのだ。
「はいってこないの」
びっくりして、一瞬耳を疑ったけれど、(空耳?まさか)
わたしはそれが彼なりの同行許可だと信じてゆっくりと歩き出した。
(灰色の喧騒とランドスケープの中で、あなただけがあざやかな、)
2メートル
からはじまる、
070915 ama