蒸し暑い教室から出て微かな涼しさを求めたけれど、そんなもの公立の中学なんぞにあるわけもなく、ただ暑いだけの廊下が続いている。 それでも床は冷たいのか何人かの男子は廊下にほとんど半裸で寝転がっている。暑さで唸っているそいつらを避けて廊下を進み、水道の蛇口を捻る。 冷たそうな水が流れ出たが、やはりそれは視覚だけで手をぬらすと随分ぬるい。あからさまに舌打ちをして頭から水をかぶる。

髪を切った、夏が来る前にセミロングからショートにする勇気はなく中途半端なボブカット。けれどこの暑さを考えると一気にショートにしても良かったかもしれない。頭皮にあたる水は妙に冷たく感じて気持ちがいい。ぎゅっと髪を絞って顔を上げると首筋に毛先が張り付いて少し冷たく感じた。

教室の入り口付近から友達がアンタやりすぎーと叫んでいるのが聞こる。うっさいなあと言いながら振り返り髪をかきあげると水滴がポタポタ跳んだ。もう午後サボるわーと一言残して廊下を歩く。隣の教室を何気なく覗くと一番暑そうな窓側一番後ろの柿本と眼が合った。 歩いたままにやりと笑って手招きすると、心底嫌そうに溜め息をひとつついて、それなのに付き合いよく彼は席を立ち上がった。たんに席が暑すぎたのかもしれない。

上履きのまま校舎を出て緑が眩しい桜並木の下を歩く。後ろをだらだらと柿本がついてきている。私は自販機でジュースを買おうと思ったけど、スカートのポケットからは九十円しか出てこなかった。しけてんな。そのまま自販機の前を通り過ぎ、自転車置き場の日陰に座る。 柿本は自販機でサイダーを買って私の横に座った。


突き抜ける炭酸の味


俺が座ると、は開口一番今日は一段と暑い愚痴るように言った。予想通りだった。サイダーのプルタブを開けて一口飲むとぴりぴりとした炭酸が咽喉を刺激し、その次に口の中に独特の甘さが広がった。缶から口を離すと当然のようにの手が伸びてきて、横から缶を奪っていった。 ぐいと彼女が呷るように缶を傾けると白い首が曲線を描いて綺麗だった。

「あっつー。」
「・・・そうだね。」
「?どうかした?そんな見られても何も出んよ。」
「いや・・・期待して無いし。」
「ああ、間接キスが気になりましたか?すいませんねぇ。」
「ありえない。」
「・・・照れられても困るけど、そう言われるとウザイな。」
「じゃあ言うのやめなよ。」
「そんとーりだねぇ。」

は缶を俺につき返して座ったまま手足を伸ばして、うんと伸びをする。細い腕は白樺の枝のように見えた。彼女の制服はべたべたにぬれた髪から落ちた雫で所々透けている。心底イヤそうに彼女はあっちーなぁと言い、それからダルいなぁと続けた。微かに風が吹いたけど生ぬるい空気をかき混ぜただけで、 全然涼しくなかった。俺はサイダーを彼女がしたように呷った。炭酸が鼻を突き抜けて目にしみる。

「ねー、柿本ってチャリ通?」
「違うけど・・・でも今日は自転車。」
「マジで?じゃあこのままどっか行こうよ。」
「どっかってどこ。こんな暑いのに。」
「あー、どっか。」

がまたサイダーに手を伸ばしたから、俺はその手を掴み彼女の焼けて少し赤くなっている頬に口付けた。ぬれてシャンプーの匂いがする髪が頬にあたって冷たい。彼女はそのまま俺の唇にかするように口付けを落として、楽しそうに笑う。

「柿本とならどこでもいいや。」

言ってまた、唇を重ねた。
俺も、とならどこでもいい。それが滅茶苦茶暑い陽の下でも。


*2007.9.17.
柿本企画さまに提出。ありがとうございました!